守屋屋敷跡~津久井の旧甲州街道と吉野宿

スポンサード リンク

 相模原市の藤野町にある守屋屋敷跡をご紹介させて頂きます。

守屋屋敷

 まずは、車を止めさせて頂くため、青蓮寺に向かいました。
 昔の甲州街道沿いにあります。
 上記トップ写真がその青蓮寺です。

 境内に入ると守屋屋敷跡に関する案内板がありました。
 地元では「ドンドン屋敷」と呼ばれていたようです。

 

 守屋屋敷跡と言っても、遺構があるわけではありません。
 場所もハッキリしないため、この辺りかな?と言う想像になっています。

 

 相模湖自動車教習所がある広い場所が、守屋家の屋敷跡だったのでは?とする説もありますが、旧甲州街道沿いから下がったところなんですよね。
 屋敷を街道からそれたところ、しかも、下がったところに構えるとは考えにくく、恐らくは、代官になったと言ってもそんなに大きな屋敷ではありませんので、甲州街道沿いから離れた所に屋敷を構えるとは思えません。

 

 よって、上記写真の甲州街道沿いに守屋屋敷があったものと推測致します。
 誤解の無いように申し上げますが、相模湖の水に沈んだ与瀬から甲州街道はこの日蓮に登って、名倉を通過して上野原に通じるのが、江戸初期の甲州街道です。
 しかし、江戸後期には対岸の吉野宿の方がメインの甲州街道になった模様です。

 念のため場所の地図をご案内させて頂きますが、下記の地図ポイント地点は青蓮寺の駐車場となります。
 特に史跡と言う訳ではありませんので、地元の方にご迷惑を掛けたり、失礼の無いようご訪問願いたく存じます。

 

吉野宿

 現在の甲州街道である国道20号沿いには吉野宿があります。
 江戸時代後期の吉野宿には本陣が1軒、脇本陣が1軒、旅籠3軒があると言う小さな宿だったようで、桂川からの由来で「桂の里」と呼ばれていたそうです。

 

 かつての旅籠「ふじや」が現在、郷土資料館となっていて無料公開されています。

 

 

 吉野宿の無料駐車場へのアクセス・行き方ですが、下記の地図ポイント地点になります。

 

> 相模原の戦国時代ヒストリア > 折花姫伝説


スポンサード リンク

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 相模原情報へ 
Pocket
保存
はてな
ブックマーク
Google+
シェア
Follow on Feedly

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

ページ上部へ戻る