タグ:相模原の城

  • 田名氏館跡 相模原における鎌倉武士の館跡

     相模原市の田名にある「田名氏館跡」に行って参りました。  田名氏と言うのは、源平合戦に出陣した横山党の横山時広の次男・横山広季が、棚(田名)を領地として定住し、田名二郎兵衛を名乗ったのが始まりと考えられます。 …
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  • 下溝城(下溝堀之内) 探訪記・写真

     鳩川と道保川に挟まれた字下原地区(下原交差点の東一帯)が下溝城(下溝堀之内)の城跡。  昔あった井上農園が大手と伝わる。  大手から中に入って行くと、細い道は何度もクネクネと折れ曲がり、進んでもなかなか中心部にたど…
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  • 磯部城(磯部館)と土塁~太田道灌などにも関係する相模原市の城郭・館跡

     磯部城の記録では長尾景春の手の者が城主であると記載されているだけで、誰が磯部城の城主だったのかわかっていない。  1476年、上杉顕定の家臣・長尾景春が主君に謀反を起こした際、相模の武士たちは長尾氏に味方して戦っ…
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  • 当麻城(当麻要害) 相模原でも歴史ある地を監視した鎌倉・戦国の城跡

    当麻城  相模原市の当麻(たいま)は太古の昔から人々の生活跡があり、平安時代初期(800年頃)にはすでに当麻に集落があった。古くは當麻とも表記したようだ。  平安時代935年頃に編集された、日本で2番目に古い辞典…
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  • 横山党の相原氏、矢部氏、小倉氏、田名氏など

     粟飯原氏 (藍原氏、相原氏)  相模原に進出した横山党は最初は相模原市城山町の小野を中心に栄え、その後、相原に本拠を移し、相原から市内各地に別れていったと考えられますので最初に紹介します。  平安末期の頃、横山…
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