下馬梅の伝説 相模原の戦国時代における北条家の逸話

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 豊臣秀吉小田原攻めにて、北条氏照八王子城が攻められ落城した際のことである。

 八王子城から辛くも包囲網を脱出した津久井城(築井城)へ伝令武者が、相模原市城山町の穴川まで来た時、地元の百姓に津久井城の状況を聞いてみた。

 すると、津久井城も既に落城したと知らされ、がっかりして馬から降り、ムチ代わりにしていた梅の枝を道端に突き刺したと言う。

 その後、その地に梅が根付き、花を咲かせたので「下馬梅」、また、逆さに刺したので逆さに咲いたことから「逆さ梅」とも呼ばれた。

 

 その梅は大正時代に枯れてしまい、現在は代わりの梅木が植えてある。

 

 かつて、片倉城から津久井城に繋がる道として、現在の法政大学と相武カントリー倶楽部の間を抜ける峠道があり、八王子城からの使番はそのルートで津久井城を目指したのだろう。

 

 上記写真は、境川に掛かる下馬橋。

 

 下馬(げば)への行き方(アクセス)は、下記の地図ポイント地点がその場所。
 狭い住宅街ですので、静かに見学したいものです。
 駐車場は近くにある広田小学校の西側側が駐車禁止ではなかったので、地元の方にご迷惑をおかけしないよう、短時間だけ止めさせて頂きました。

 津久井城が豊臣秀吉勢に攻撃された話はこちら。

 > 日本の歴史 武将・人物列伝
 > 相模原の戦国時代ヒストリア

 


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  1. 2015年 4月 03日

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